三輪山の山辺真麻木綿短か木綿
かくのみからに長くと思ひき
- 歌の意味
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三輪山の山辺の麻の木綿は短い木綿であるが、そのように短い命であったのに、長く続くものと思っていたことだ。
- 鑑賞
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巻第二 挽歌 157
詞書は前の歌に続き「十市皇女の薨ぜし時に、高市皇子尊の作らす御歌三首」
三輪山の神事に用いる短い木綿に、十市皇女の短い命を重ね、こんなにはかない命であったのに、長く続くものと思っていたと悔やんだ一首である。
詞書によれば、十市皇女が亡くなったときに高市皇子が作った三首で、標目に「明日香清御原宮に天の下知らしめす天皇の代」とある。十市皇女は天武天皇と額田王の娘で、大友皇子の妃であった。左注は日本書紀を引き、天武天皇七年四月、十市皇女が急に病を発して宮中で亡くなったと記す。三首の一首目にあたる第百五十六首は難訓の句を含むため、ここでは取り上げていない。本歌は三首の二首目である。
作者の高市皇子は、天武天皇の長男で、壬申の乱で軍を率いて活躍し、持統天皇のもとで太政大臣となった。
初句「三輪山の」の三輪山は、大和の神の山として信仰された山である。
二句「山辺真麻木綿」は、山辺で作る麻の木綿の意で、木綿は神事に用いる布である。
三句「短か木綿」までが序詞で、短い木綿から短い命を導く。
四句「かくのみからに」は、このように短いものであったのにの意である。
結句「長くと思ひき」の「き」は過去で、長く続くと思っていたと結ぶ。三句の「短か」と結句の「長く」が対比されている。
ゆふ:楮の皮の繊維で作った布。神事に用いる
まそゆふ:麻で作った木綿
- 作者
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高市皇子
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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楽浪の大山守は誰がためか 山に標結ふ君もあらなくに
- 次の歌
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山吹の立ちよそひたる山清水 汲みに行かめど道の知らなく