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外に見し真弓の岡も君座せば
常つ御門と侍宿するかも

歌の意味
これまで自分とは関わりのないものと見ていた真弓の岡も、皇子がいらっしゃるので、永遠の御殿としてお仕えし、宿直することだ。
鑑賞
巻第二 挽歌 174

詞書は前の歌に続き「皇子尊の宮の舎人ら、慟傷して作る歌二十三首」
 これまで縁のない所と見ていた真弓の岡も、皇子が葬られているので、永遠の御殿としてお守りし宿直するのだと、変わってしまった仕えの場を詠んだ一首である。
 詞書によれば、草壁皇子の宮に仕えた舎人たちが、皇子の死を嘆き悲しんで作った歌二十三首である。左注は日本書紀を引き、皇子が持統天皇三年(689)四月に亡くなったと記す。一連は、主を失った島の宮の庭や池、殯宮の置かれた真弓の岡や佐田の岡で宿直する舎人たちの嘆きを、さまざまな場面から詠み継いでいる。本歌は一連の四首目である。
 作者は草壁皇子の宮に仕えた舎人たちで、一人一人の名は伝わらない。舎人は皇族や天皇の身近に仕えて警護や雑務にあたった役人である。柿本人麻呂が舎人の立場に立って作ったとする説もあるが、定まっていない。

 初句「外に見し」は、自分とは関わりのないものとして見ていたの意である。
 二句「真弓の岡も」の真弓の岡は、草壁皇子の殯宮や墓が営まれた大和の地名である。一連の十二首目の第百八十二首にも詠まれている。
 三句「君座せば」の「ば」は確定条件で、皇子がいらっしゃるのでの意である。
 四句「常つ御門と」は、永遠の御殿としての意で、墓所を指す。
 結句「侍宿するかも」の「侍宿」は宮に泊まり込んで警護すること、「かも」は詠嘆で、宿直することだと結ぶ。

よそ:自分とは関係のない所
とこつみかど:永遠の御殿。墓所をいう
とのゐ:宮中などに泊まり込んで警護すること、宿直
出典
万葉集
前の歌
高照らす我が日の御子のいましせば 島の御門は荒れずあらましを
次の歌
夢にだに見ずありしものをおほほしく 宮出もするかさ桧の隈廻を