夢にだに見ずありしものをおほほしく
宮出もするかさ桧の隈廻を
- 歌の意味
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夢にさえ見なかったことなのに、心の晴れないまま宮へ出仕することよ、檜隈の曲がりくねった道を。
- 鑑賞
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巻第二 挽歌 175
詞書は前の歌に続き「皇子尊の宮の舎人ら、慟傷して作る歌二十三首」
夢にも思わなかったことに、心晴れないまま檜隈の道を通って殯宮へ出仕することになったと、変わり果てた勤めを嘆いた一首である。
詞書によれば、草壁皇子の宮に仕えた舎人たちが、皇子の死を嘆き悲しんで作った歌二十三首である。左注は日本書紀を引き、皇子が持統天皇三年(689)四月に亡くなったと記す。一連は、主を失った島の宮の庭や池、殯宮の置かれた真弓の岡や佐田の岡で宿直する舎人たちの嘆きを、さまざまな場面から詠み継いでいる。本歌は一連の五首目である。
作者は草壁皇子の宮に仕えた舎人たちで、一人一人の名は伝わらない。舎人は皇族や天皇の身近に仕えて警護や雑務にあたった役人である。柿本人麻呂が舎人の立場に立って作ったとする説もあるが、定まっていない。
初句「夢にだに」の「だに」は、〜さえの意である。
二句「見ずありしものを」は、見なかったのにの意で、八音の字余りである。
三句「おほほしく」は、心が晴れずにの意である。一連の十九首目の第百八十九首にも同じ語が用いられている。
四句「宮出もするか」の「か」は詠嘆で、宮へ出仕することよの意。四句切れである。
結句「さ桧の隈廻を」の「さ」は接頭語で、檜隈は真弓の岡へ向かう途中の地名、「隈廻」は道の曲がり角をいう。倒置によって通う道を最後に示す。
いめ:夢
みやで:宮に出仕すること
くまみ:道の曲がり角
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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外に見し真弓の岡も君座せば 常つ御門と侍宿するかも
- 次の歌
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天地とともに終へむと思ひつつ 仕へまつりし心違ひぬ