天地とともに終へむと思ひつつ
仕へまつりし心違ひぬ
- 歌の意味
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天地とともにいつまでもお仕えしようと思いながら、お仕えしてきた心が、かなわなくなってしまった。
- 鑑賞
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巻第二 挽歌 176
詞書は前の歌に続き「皇子尊の宮の舎人ら、慟傷して作る歌二十三首」
天地が続く限りお仕えし通そうと思ってきたのに、その思いが皇子の死によって断たれてしまったと嘆いた一首である。
詞書によれば、草壁皇子の宮に仕えた舎人たちが、皇子の死を嘆き悲しんで作った歌二十三首である。左注は日本書紀を引き、皇子が持統天皇三年(689)四月に亡くなったと記す。一連は、主を失った島の宮の庭や池、殯宮の置かれた真弓の岡や佐田の岡で宿直する舎人たちの嘆きを、さまざまな場面から詠み継いでいる。本歌は一連の六首目である。
作者は草壁皇子の宮に仕えた舎人たちで、一人一人の名は伝わらない。舎人は皇族や天皇の身近に仕えて警護や雑務にあたった役人である。柿本人麻呂が舎人の立場に立って作ったとする説もあるが、定まっていない。
初句「天地と」は、天地とともにの意で、永遠を表す。
二句「ともに終へむと」の「む」は意志で、天地とともに生涯を終えようとの意である。
三句「思ひつつ」の「つつ」は継続で、思い続けながらの意である。
四句「仕へまつりし」は、お仕え申し上げてきたの意である。
結句「心違ひぬ」の「違ふ」は思いと食い違う意、「ぬ」は完了で、その思いがかなわなくなってしまったと結ぶ。
つかへまつる:お仕え申し上げる
たがふ:思いと食い違う、あてが外れる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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夢にだに見ずありしものをおほほしく 宮出もするかさ桧の隈廻を
- 次の歌
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朝日照る佐田の岡辺に群れ居つつ 我が泣く涙やむ時もなし