朝日照る佐田の岡辺に群れ居つつ
我が泣く涙やむ時もなし
- 歌の意味
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朝日の照る佐田の岡辺に群れ集まりながら、私たちが泣く涙はやむ時もない。
- 鑑賞
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巻第二 挽歌 177
詞書は前の歌に続き「皇子尊の宮の舎人ら、慟傷して作る歌二十三首」
朝日の照る佐田の岡辺に舎人たちが群れ集まり、流す涙がやむ時もないと、殯宮に仕える悲しみを詠んだ一首である。
詞書によれば、草壁皇子の宮に仕えた舎人たちが、皇子の死を嘆き悲しんで作った歌二十三首である。左注は日本書紀を引き、皇子が持統天皇三年(689)四月に亡くなったと記す。一連は、主を失った島の宮の庭や池、殯宮の置かれた真弓の岡や佐田の岡で宿直する舎人たちの嘆きを、さまざまな場面から詠み継いでいる。本歌は一連の七首目である。
作者は草壁皇子の宮に仕えた舎人たちで、一人一人の名は伝わらない。舎人は皇族や天皇の身近に仕えて警護や雑務にあたった役人である。柿本人麻呂が舎人の立場に立って作ったとする説もあるが、定まっていない。
初句「朝日照る」は、朝日の照るの意で、明るい景と涙との対照を生む。一連の二十二首目の第百九十二首も同じ初句で始まる。
二句「佐田の岡辺に」の佐田の岡は、真弓の岡の近くで、皇子の殯宮が置かれた所とされる。
三句「群れ居つつ」は、大勢で集まりながらの意で、舎人たちの姿を示す。
四句「我が泣く涙」は、私たちの泣く涙の意である。
結句「やむ時もなし」は、やむ時もないの意で、悲しみの深さを言い切る。
をかへ:岡のほとり
- 出典
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万葉集
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天地とともに終へむと思ひつつ 仕へまつりし心違ひぬ
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み立たしの島を見る時にはたづみ 流るる涙止めぞかねつる