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真木柱太き心はありしかど
この我が心鎮めかねつも

歌の意味
真木の柱のように太くしっかりとした心を持っていたけれども、この私の心を鎮めることができない。
鑑賞
巻第二 挽歌 190

詞書は前の歌に続き「皇子尊の宮の舎人ら、慟傷して作る歌二十三首」
 真木の柱のように太くしっかりした心を持っていると思っていたが、今のこの心は鎮めることができないと、動揺を率直に吐露した一首である。
 詞書によれば、草壁皇子の宮に仕えた舎人たちが、皇子の死を嘆き悲しんで作った歌二十三首である。左注は日本書紀を引き、皇子が持統天皇三年(689)四月に亡くなったと記す。一連は、主を失った島の宮の庭や池、殯宮の置かれた真弓の岡や佐田の岡で宿直する舎人たちの嘆きを、さまざまな場面から詠み継いでいる。本歌は一連の二十首目である。
 作者は草壁皇子の宮に仕えた舎人たちで、一人一人の名は伝わらない。舎人は皇族や天皇の身近に仕えて警護や雑務にあたった役人である。柿本人麻呂が舎人の立場に立って作ったとする説もあるが、定まっていない。

 初句「真木柱」は、杉や檜などの立派な木で作った柱のことで、「太き」にかかる枕詞である。
 二句「太き心は」は、しっかりとして動じない心はの意である。
 三句「ありしかど」の「しか」は過去の助動詞「き」の已然形、「ど」は逆接で、あったけれどもの意である。
 四句「この我が心」は、今のこの私の心の意で、二句の「太き心」と対比される。
 結句「鎮めかねつも」の「かね」は〜できない意、「つ」は完了、「も」は詠嘆で、鎮めることができないと結ぶ。

まき:杉や檜などの立派な木
しづむ:鎮める、落ち着かせる
出典
万葉集
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朝日照る島の御門におほほしく 人音もせねばまうら悲しも
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