けころもを時かたまけて出でましし
宇陀の大野は思ほえむかも
- 歌の意味
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毛皮の衣を着る季節を待ち受けて、狩りにお出かけになった宇陀の大野は、これからもしのばれることだろう。
- 鑑賞
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巻第二 挽歌 191
詞書は前の歌に続き「皇子尊の宮の舎人ら、慟傷して作る歌二十三首」
毛皮の衣を着る冬の季節を待って皇子が狩りにお出かけになった宇陀の大野は、これからも思い出されるだろうと、在りし日の皇子の姿をしのんだ一首である。
詞書によれば、草壁皇子の宮に仕えた舎人たちが、皇子の死を嘆き悲しんで作った歌二十三首である。左注は日本書紀を引き、皇子が持統天皇三年(689)四月に亡くなったと記す。一連は、主を失った島の宮の庭や池、殯宮の置かれた真弓の岡や佐田の岡で宿直する舎人たちの嘆きを、さまざまな場面から詠み継いでいる。本歌は一連の二十一首目である。
作者は草壁皇子の宮に仕えた舎人たちで、一人一人の名は伝わらない。舎人は皇族や天皇の身近に仕えて警護や雑務にあたった役人である。柿本人麻呂が舎人の立場に立って作ったとする説もあるが、定まっていない。
初句「けころもを」は、毛皮の衣をの意で、それを着る冬の時節を導く。原文では「春冬」と表記されている。
二句「時かたまけて」の「かたまく」はその時節を待ち受ける意で、冬の時節を待ってという意である。
三句「出でましし」は、お出かけになったの意で、狩りに出た皇子を指す。
四句「宇陀の大野は」の宇陀の大野は、大和の東部にあった狩り場である。
結句「思ほえむかも」の「思ほゆ」は自然と思われる意、「む」は推量、「かも」は詠嘆で、これからもしのばれることだろうと結ぶ。
けころも:毛皮で作った衣
かたまく:その時節を待ち受ける
いでます:お出かけになる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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真木柱太き心はありしかど この我が心鎮めかねつも
- 次の歌
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朝日照る佐田の岡辺に泣く鳥の 夜哭きかへらふこの年ころを