巻向の山辺響みて行く水の
水沫のごとし世の人我れは
- 歌の意味
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巻向の山のあたりに音を響かせて流れて行く水の泡のようなものだ。この世に生きる人である私は。
- 鑑賞
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巻第七 雑歌 1269
詞書は前の歌に続き「所に就きて思ひを発す」
巻向の山辺に音を響かせて流れて行く川の水の泡のように、この世に生きる自分ははかないものだと詠む一首である。激しく流れる川の泡に、人の命のはかなさを見る無常の思いが表されている。
前歌と同じく巻向を詠み、亡き人を悼む前歌を受けて、自らの身のはかなさへと思いを移している。左注に「右の二首は柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ」とあり、柿本人麻呂歌集所出の歌である。非略体の書き方で記されている。
初句「巻向の」は、大和の巻向の、の意で、前歌の二句「巻向山は」と同じ地を詠んでいる。
二句「山辺響みて」は、山のあたりに音を響かせて、の意である。
三句「行く水の」は、流れて行く川の水の、の意である。
四句「水沫のごとし」は、水の泡のようだ、の意で、四句切れとなる。
結句「世の人我れは」は、この世の人である私は、の意。倒置によって、はかないものが自分自身であることを最後に示している。
とよむ:音が鳴り響く
みなわ:水の泡
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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子らが手を巻向山は常にあれど 過ぎにし人に行きまかめやも
- 次の歌
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こもりくの泊瀬の山に照る月は 満ち欠けしけり人の常なき