南部の浦潮な満ちそね鹿島なる
釣りする海人を見て帰り来む
- 歌の意味
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南部の浦よ、潮よ満ちてくれるな。鹿島で釣りをしている海人を見て帰って来よう。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌 1669
詞書は前の歌に続き「大宝元年辛丑冬十月、太上天皇、大行天皇、紀伊国に幸す時の歌十三首」
南部の浦から沖の鹿島に渡り、釣りをする海人の姿を見て来たいので、潮よ満ちてくれるなと願う歌である。旅先の珍しい漁の風景に心ひかれる、都人の素朴な好奇心がうかがえる。
大宝元年(701)の紀伊行幸の歌十三首の三首目である。南部は現在の和歌山県日高郡みなべ町の海岸で、鹿島はその沖に浮かぶ小島である。
初句「南部の浦」は、所在の地名を示す六音の字余りの句である。
二句「潮な満ちそね」は、潮よ満ちないでくれ、と願う表現である。「な〜そ」は禁止を表し、終助詞「ね」が添えられて相手にあつらえ望む気持ちを強める。ここで句切れとなる。
三句「鹿島なる」は、鹿島にいる、の意で、「なる」は存在を表す。
四句「釣りする海人を」は、漁をする海辺の人々をいう。次歌第千六百七十首と同じ四句であり、本巻の第千七百十五首にも「釣りする海人の」とある。
結句「見て帰り来む」は、見てから帰って来よう、という意志を表す。次歌第千六百七十首とまったく同じ結句であり、二首は同じ下の句を共有して並べられている。
あま:海で漁をしたり藻塩を焼いたりする人
みつ:潮が満ちる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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白崎は幸くあり待て大船に 真梶しじ貫きまたかへり見む
- 次の歌
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朝開き漕ぎ出て我れは由良の崎 釣りする海人を見て帰り来む