我が背子をあどかも言はむ武蔵野の
うけらが花の時なきものを
- 歌の意味
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いとしいあなたのことを何と言ったらよいだろう。武蔵野のうけらの花のように、恋しく思わない時などないのに。
- 鑑賞
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巻第十四 東歌 3379
詞書は前の歌に続き「相聞」
恋しい夫への思いを何と言い表せばよいのか、武蔵野のおけらの花のように絶えず思っているのに、と言葉にならない恋心をうたう女性の歌である。地味ながら長く咲き続ける花の姿に、変わらぬ思いが託されている。
武蔵国歌の一首である。第三千三百七十六首に続いて「武蔵野のうけらが花の」の句が用いられ、この花が武蔵野の恋を象徴する景物であったことがわかる。
作者は未詳である。東歌は東国の人々の間でうたわれた歌とされ、方言をまじえた素朴でおおらかな表現が特色である。
初句「我が背子を」は女性が夫や恋人を呼ぶ語で始まる。
二句「あどかも言はむ」の「あど」は何と、どのようにの意の東国方言である。「かも」は疑問を表す。
三句「武蔵野の」は武蔵野の地名を示し、三句と四句で同じ花を導く。
四句「うけらが花の」は第三千三百七十六首と同じ句で、地味な花が長く咲き続けるさまをいう。
結句「時なきものを」の「時なき」は時を限らない、いつもの意で、「ものを」は詠嘆である。
あど:何と、どのようにの意の東国方言
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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入間道の於保屋が原のいはゐつら 引かばぬるぬる我にな絶えそね
- 次の歌
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埼玉の津に居る船の風をいたみ 綱は絶ゆとも言な絶えそね