新羅へか家にか帰る壱岐の島
行かむたどきも思ひかねつも
- 歌の意味
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新羅へ行くのか、家へ帰るのか。壱岐の島で、これからどう行けばよいのか、その手立ても思いつかないことだ。
- 鑑賞
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巻第十五 遣新羅使人歌 3696
詞書は前の歌に続き「反歌二首」
新羅へ進むのか家へ帰るのか、壱岐の島で、これからどう行けばよいかもわからないと詠んだ挽歌である。仲間の死に直面して、旅を続ける気力も失いかけた心の動揺が表されている。壱岐の「ゆき」に「行き」を響かせ、行くべき道を見失った思いと重ねている。宅満を悼む挽歌の一群はこの歌で結ばれる。
作者の六人部鯖麻呂は、左注に「六鯖」と略して記され、六人部連鯖麻呂のこととされる。遣新羅使の一行に加わった人物であるが、伝は詳らかでない。
本歌は、長歌、本巻の第三千六百九十四首に添えられた反歌二首の一つで、壱岐の島で没した雪連宅満を悼む挽歌である。左注に「右三首六鯖作挽歌」とある。
初句「新羅へか」 「新羅」は「しらき」と読み、一行の目的地である。「か」は疑問を表す。
二句「家にか帰る」 家に帰るのかの意で、初句と対になる問いである。ここで切れる二句切れである。
三句「壱岐の島」 「壱岐」は古く「ゆき」と読み、その音が「行き」に通じて四句の「行かむ」を導いている。
四句「行かむたどきも」 「たどき」は手段、手がかりのことで、行くべき手立てもの意である。
結句「思ひかねつも」 「かぬ」はできない意、「つ」は完了、「も」は詠嘆で、思いつくこともできないことだと結ぶ。
たどき:手段、手がかり
おもひかぬ:思いつくことができない
- 作者
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六人部鯖麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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昔より言ひけることの韓国の からくもここに別れするかも
- 次の歌
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百船の泊つる対馬の浅茅山 しぐれの雨にもみたひにけり