天離る鄙にも月は照れれども
妹ぞ遠くは別れ来にける
- 歌の意味
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遠い田舎のこの地にも月は照っているけれども、妻とは遠く別れて来てしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第十五 遣新羅使人歌 3698
詞書は前の歌に続き「対馬の島の浅茅の浦に到りて船泊まりする時に、順風を得ず、経停すること五箇日なり。ここに物華を瞻望し、おのもおのも慟心を陳べて作る歌三首」
遠い対馬の地にも都と同じ月は照っているが、妻とは遠く別れて来てしまったと詠んだ歌である。どこにいても同じように照る月と、遠く隔たってしまった妻との対比によって、距離の遠さを実感している。初句「天離る鄙」は、古歌として誦された本巻の第三千六百八首にも見える表現である。
詞書によれば、対馬の浅茅の浦に着いて船を泊めた時、順風が得られずに五日間とどまり、その間に景色を眺めて、それぞれが悲しみを述べて作った三首の一つである。浅茅の浦は対馬の中央部に入りこむ浅茅湾とされる。作者の名は記されていない。
初句「天離る」 天の果てのように遠く離れている意で、「鄙」にかかる枕詞である。
二句「鄙にも月は」 「鄙」は都から遠く離れた地方で、ここでは対馬を指す。「も」はここにもの意である。
三句「照れれども」 「れ」は存続の助動詞「り」の已然形で、照っているけれどもの意となる。
四句「妹ぞ遠くは」 「ぞ」は係助詞で、結びは連体形「ける」となる。妻とは遠くの意である。
結句「別れ来にける」 「に」は完了、「ける」は詠嘆で、別れて来てしまったことだと四句の「ぞ」を受けて結ぶ。
あまざかる:「鄙」にかかる枕詞
ひな:都から遠く離れた地方
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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百船の泊つる対馬の浅茅山 しぐれの雨にもみたひにけり
- 次の歌
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秋去れば置く露霜にあへずして 都の山は色づきぬらむ