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沖つ鳥鴨とふ船の帰り来ば
也良の崎守早く告げこそ

歌の意味
鴨という名の船が帰って来たならば、也良の崎の番人よ、早く知らせてほしい。
鑑賞
巻第十六 有由縁并雑歌 3866

詞書は前の歌に続き「筑前国の志賀の白水郎の歌十首」
 荒雄の乗った鴨という名の船が帰って来たら、也良の崎の番人よ、すぐに知らせてほしいと詠む歌である。帰らぬことを知りながらも、なお船の帰りを待ち望む妻の切ない願いが込められている。
 左注によれば、神亀年間に大宰府が筑前国宗像郡の宗形部津麻呂を対馬へ食糧を送る船の舵取りに任じた。老いて海路に耐えられない津麻呂は、志賀村の海人荒雄に交代を頼み、荒雄は兄弟より篤い友情から快く引き受けた。荒雄は肥前国松浦の美祢良久の崎から対馬へ船出したが、たちまち空が暗くなり暴風雨となって、海中に沈んでしまった。残された妻子が慕う思いに耐えかねてこの歌を作ったとも、筑前守山上憶良が妻子の悲しみを思いやって作ったともいう。
 作者は左注に一説として示される山上憶良で、遣唐使に随行して唐に渡り、筑前守を務めた。人生の苦しみや家族への情を詠んだ歌で知られる。歌は荒雄の妻子の立場で詠まれている。

 初句「沖つ鳥」は、「鴨」にかかる枕詞である。次歌の第三千八百六十七首も同じ初句で始まり、二首が対をなしている。
 二句「鴨とふ船の」は、鴨という名の船が、の意である。荒雄の乗った船の名とされる。
 三句「帰り来ば」は、帰って来たならば、の意である。
 四句「也良の崎守」は、也良の崎の番人よ、の意である。也良の崎は博多湾の能古島の北端の岬とされる。
 結句「早く告げこそ」は、早く知らせてほしい、の意である。「こそ」は願望を表す終助詞で、次歌の「聞こえ来ぬかも」と対になっている。

さきもり:岬を守る番人、防人
やらのさき:能古島の北端の岬とされる
作者
山上憶良(一説)
出典
万葉集
前の歌
荒雄らは妻子の業をば思はずろ 年の八年を待てど来まさず
次の歌
沖つ鳥鴨とふ船は也良の崎 廻みて漕ぎ来と聞こえ来ぬかも