春の花今は盛りににほふらむ
折りてかざさむ手力もがも
- 歌の意味
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春の花は今が盛りと咲き匂っていることだろう。それを折って髪にかざす手の力があればよいのに。
- 鑑賞
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巻第十七 3965
詞書「守大伴宿祢家持、大伴宿祢池主に贈る悲歌二首」に続けて、「忽ちに枉疾に沈み、旬を累ねて痛み苦しむ」に始まる漢文の書簡を添える
春の花は今を盛りと咲き匂っているだろう、それを折って髪にかざすだけの手の力があればよいのに、と病床から春を思う歌である。天平十九年(747)二月二十九日、病床の家持が池主に贈った二首の一つである。添えられた書簡では、重い病に沈んで十日余り苦しみ、神々に祈ってやや回復したものの体は衰え、まだ訪ねて礼を述べることもできず、恋しさがつのると述べる。そして春の朝には春の花が春の苑に香り、春の夕べには春の鶯が春の林にさえずるこの季節には、琴を弾き酒を楽しむべきだが、杖をついて出歩く力もなく、ひとり帳の内に臥してささやかな歌を作ったと記している。病のため外に出られず、目に見えない春の盛りを思いやりながら、花を折る力さえない身を嘆いている。
作者の大伴家持は大納言大伴旅人の子である。天平十八年(746)に越中守となって五年を越中で過ごし、のちに少納言、因幡守などを歴任して中納言に至った。万葉集の編纂に深く関わったと考えられている人物である。
左注に「二月二十九日 大伴宿祢家持」とある。
初句「春の花」は書簡にいう春の苑に香る花を指し、次歌の第三千九百六十六首の三句にも同じ語が置かれている。
二句「今は盛りに」は、今が盛りと、の意である。
三句「にほふらむ」の「にほふ」は美しく咲き映える意、「らむ」は現在推量で、病床にあって見ることのできない花を思いやっている。ここで句切れとなる。
四句「折りてかざさむ」は、折って髪に挿そう、の意で、次歌の結句「手折りかざさむ」と対応している。
結句「手力もがも」の「手力」は手の力、「もがも」は願望の終助詞で、花を折る手の力があればよいのに、と病の身の弱さを嘆いている。
たぢから:手の力
かざす:花や枝を髪に挿して飾る
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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山川のそきへを遠みはしきよし 妹を相見ずかくや嘆かむ
- 次の歌
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鴬の鳴き散らすらむ春の花 いつしか君と手折りかざさむ