山峽に咲ける桜をただ一目
君に見せてば何をか思はむ
- 歌の意味
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山あいに咲いている桜を、ただ一目でもあなたに見せることができたならば、ほかに何を思い残すことがあろうか。
- 鑑賞
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巻第十七 3967
詞書「忽ちに芳音を辱くす。翰苑雲を凌ぐ。兼ねて倭詩を垂れ、詞林錦を舒ぶ」に始まる漢文の書簡
山あいに咲く桜をただ一目でもあなたに見せられたら、もう何も思い残すことはない、と病床の家持を慰める歌である。天平十九年(747)三月二日、池主が家持の悲歌に答えて贈った二首の一つである。添えられた書簡では、思いがけず手紙と歌を賜り、吟じては恋しい思いを慰めていると述べる。晩春の景色は最も心ひかれ、紅の桃は輝き、戯れる蝶は花をめぐって舞い、緑の柳はしなやかに、愛らしい鶯は葉に隠れて歌うと描いたうえで、それを共に楽しめないことを恨み、俗に藤をもって錦に続ぐというように、拙い歌を添えていささか談笑に代えると結んでいる。外に出られない家持に、せめて桜の盛りを見せたいという友情がこめられている。
作者の大伴池主は越中掾として守の家持を補佐した官人である。家持と同族で漢詩文にも通じ、越中時代の家持と多くの歌や書簡を交わした。
左注に「沽洗二日 掾大伴宿祢池主」とある。沽洗は三月の異名である。
初句「山峽に」の「山峽」は「やまがひ」と読み、山と山の間の谷あいである。
二句「咲ける桜を」は、咲いている桜を、の意で、晩春の山桜を指す。
三句「ただ一目」は、ほんの一目でも、の意である。家持の返歌の第三千九百七十首も「一目だに君とし見てば」と、この「一目」を受けて答えている。
四句「君に見せてば」の「てば」は完了の助動詞「つ」の未然形に「ば」が付いた仮定で、見せることができたならば、の意である。
結句「何をか思はむ」の「か」は反語の係助詞で、何を思うことがあろうか、いや何も思い残すことはない、と結んでいる。
やまがひ:山と山の間の谷あい
- 作者
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大伴池主
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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鴬の鳴き散らすらむ春の花 いつしか君と手折りかざさむ
- 次の歌
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鴬の来鳴く山吹うたがたも 君が手触れず花散らめやも