渋谿の崎の荒磯に寄する波
いやしくしくにいにしへ思ほゆ
- 歌の意味
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渋谿の崎の荒磯に寄せる波がしきりに寄せるように、ますますしきりに昔のことが思われる。
- 鑑賞
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巻第十七 3986
詞書「二上山の賦一首(この山は射水郡に有り)」の反歌
渋谿の崎の荒磯に絶え間なく寄せる波のように、ますますしきりに昔のことが思われる、と二上山をめぐる神代からの昔を偲ぶ歌である。天平十九年(747)三月三十日、家持が興に任せて作った「二上山の賦」の長歌に添えた反歌である。「賦」は中国の文学の形式名を借りたもので、本巻の「布勢の水海に遊覧する賦」「立山の賦」と合わせて越中三賦と呼ばれる。長歌では、射水川がめぐる二上山は、春の花の盛りにも秋の黄葉の時にも、神の山だから貴く、山だから見たく思われ、その裾の渋谿の崎の荒磯に寄せる波のように、昔から今まで見る人ごとに心にかけて賞でるだろうと讃えている。長歌に詠んだ渋谿の波を取り上げ、寄せては返す波の重なりに、二上山の悠久の昔への思いを重ねている。
作者の大伴家持は大納言大伴旅人の子である。天平十八年(746)に越中守となって五年を越中で過ごし、のちに少納言、因幡守などを歴任して中納言に至った。万葉集の編纂に深く関わったと考えられている人物である。
左注に「右、三月三十日に、興に依りて作る。大伴宿祢家持」とある。
初句「渋谿の」は二上山の麓の海辺の名勝で、本巻の第三千九百五十四首でも家持が宴の仲間を誘った地である。
二句「崎の荒磯に」は渋谿の崎の岩の多い海岸で、長歌の「渋谿の崎の荒磯に」と同じ句である。
三句「寄する波」は荒磯に寄せる波で、上三句が「しくしくに」を導く序詞となっている。
四句「いやしくしくに」の「いや」はいよいよ、「しくしくに」は重ね重ね、しきりに、の意で、波の寄せる重なりと思いの募るさまを重ねている。池主の第三千九百七十四首の「しくしく思ほゆ」とも同じ語である。
結句「いにしへ思ほゆ」は、昔のことが思われる、の意で、二上山が神の山として古くから仰がれてきたことを思っている。
ありそ:波の荒い、岩の多い海岸
しくしく:重ね重ね。しきりに
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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玉に貫く花橘をともしみし この我が里に来鳴かずあるらし
- 次の歌
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玉櫛笥二上山に鳴く鳥の 声の恋しき時は来にけり