思ひきや七夕つめにみをなして
天の河原をなかむへしとは
- 歌の意味
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思ってもみただろうか。織女の身となって、恋しい人に逢えずに天の川原を眺めることになろうとは。
- 鑑賞
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噂をめぐる行き違いののち、七月になった。七日の七夕の日、恋の駆け引きを好む男たちのもとから、織女や彦星などを詠んだ歌が数多く届いたが、和泉式部は目もくれなかった。こういう折には、帥の宮は決して見過ごさずに便りをくださったのに、すっかりお忘れになってしまったのかと思っていたところへ、帥の宮から文が届いた。
女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。
七夕の折に、帥の宮が書いてよこしたのは、ただこの歌だけであった。
和泉式部は、そうは言っても、やはりこの折をお見過ごしにはなれなかったのだと思うと趣深く、「詠むらん空をたにみす棚機にいまるはかりの我みと思へは」と返した。帥の宮はそれを見て、やはり見捨てることはできないと思った。
初句の「思ひきや」は、思っただろうか、いや思いもしなかった、という意味で、「き」は過去の助動詞、「や」は反語の係助詞である。第二句と第三句の「七夕つめにみをなして」は、織女の身となって、という意味で、年に一度の逢瀬を待つ織女に自らをなぞらえている。
下の句の「天の河原をなかむへしとは」は、天の川原を眺めることになろうとは、という意味で、「ながむ」は物思いにふけって見やること、「べし」は当然の助動詞である。本来は男である自分が、逢えずに待つ女の立場で七夕の空を眺めることになったと嘆き、噂のために遠のいていたことへの心残りを、七夕の趣向に託して伝えている。
七夕つ女(たなばたつめ):織女星、またそれになぞらえた女性
天の河原(あまのかわら):天の川の河原
- 作者
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敦道親王
- 出典
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和泉式部日記
- 前の歌
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袖の浦にたゝわかやくとしほたれて 船流したる蜑と社なれ
- 次の歌
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詠むらん空をたにみす棚機に いまるはかりの我みと思へは