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人はいさわれはわすれす日をふれと
秋の夕暮ありしあふこと

歌の意味
あなたはどうだか知らないが、私は忘れない。日数がたっても、秋の夕暮れにあった、あの逢瀬のことを。
鑑賞
 荻風の贈答から二、三日たった夕暮れ、思いがけず、帥の宮はいきなり車を和泉式部の邸に引き入れて降り立った。和泉式部は、昼間はまだ姿をお見せしたことがなかったので、ひどく恥ずかしく思ったが、どうしようもなかった。帥の宮はとりとめのない話などをして帰っていった。それから日数がたっても、心もとないほど何の便りもなかった。
 女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。
 和泉式部から「徙然と秋の日比のふるまゝに思ひしらせぬあやしかりしも」に「なるほど人は」と添えて届き、帥の宮は「このところ疎遠になってしまったが、それでも」と書いて、この歌を返した。
 和泉式部は、しみじみとはかなく、頼りにできる人もいないまま、このようなたわいない歌のやりとりで世を慰めていることを、思えばあきれたことだと感じた。そうするうちに八月となり、所在なさを慰めようと石山寺に参籠することになる。

 初句と第二句の「人はいさわれはわすれす」は、あなたはどうだか知らないが、私は忘れない、という意味で、「いさ」は、さあどうだか、と相手の心を測りかねる語である。「人」と「われ」を対置させ、和泉式部の歌の「思ひしらせぬ」に対して、自分の心は変わらないと応じている。
 第三句から結句の「日をふれと秋の夕暮ありしあふこと」は、日数がたっても、秋の夕暮れにあった逢瀬を、という意味で、和泉式部の歌の「ふるまゝに」「あやしかりし」を受け、あの夕暮れの訪れを二人の大切な逢瀬として言い直している。体言止めで結び、忘れがたい一夕を余韻として残した歌である。

いさ:さあどうだか
作者
敦道親王
出典
和泉式部日記
前の歌
徙然と秋の日比のふるまゝに 思ひしらせぬあやしかりしも
次の歌
關越てけふそとふとや人はしる 思ひたえせぬこゝろ遣ひを