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物もいはてやみなましかは懸てたに
思ひ出ましや手枕の袖

歌の意味
もし私が何も言わずに終わっていたならば、あなたは心にかけてだけでも思い出しただろうか、あの手枕の袖を。
鑑賞
 手枕の袖を詠み交わした夜も、月はたいそう明るく澄んで見え、和泉式部も帥の宮も、それぞれの場所で月を眺めて夜を明かした。翌朝、帥の宮は文を遣わそうと、いつもの小舎人童は参ったかと尋ねさせていた。そのあいだに、和泉式部の方も、霜のたいそう白いのに心を動かされたのだろうか、先に歌を届けた。帥の宮は、先を越されて悔しいと思った。
 女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。小舎人童は、帥の宮の文を和泉式部のもとへ運ぶ少年である。
 和泉式部から「人しれぬ心にかけてしのふをはわするとや思ふ手枕のそて」が届き、帥の宮はこの歌を返した。
 帥の宮は歌の後に「やはりそう思ったのだ」と書き添えた。その後二、三日、帥の宮からは便りがなく、和泉式部は、頼もしげにおっしゃっていた邸に迎えるお話はどうなったのかと思い続けて、眠れない夜を過ごすことになる。

 初句と第二句の「物もいはてやみなましかは」は、もし何も言わずに終わっていたならば、という意味で、「ましかば〜まし」は反実仮想で、事実に反することを仮定している。「で」は打消の接続助詞である。
 第三句から結句の「懸てたに思ひ出ましや手枕の袖」は、心にかけてだけでも思い出しただろうか、手枕の袖を、という意味で、和泉式部の歌の「心にかけて」を「懸てたに」と受け、「だに」は最小限の一事を示す副助詞、「や」は反語の係助詞である。自分が言い出さなければ、あなたは手枕の袖など思い出しもしなかっただろうと、からかうように返しながら、手枕の袖を言い出したのは自分だという思いの深さを示している。

懸く(かく):心にかける、気にかける
作者
敦道親王
出典
和泉式部日記
前の歌
人しれぬ心にかけてしのふをは わするとや思ふ手枕のそて
次の歌
見るや君さようちふけて山端に くまなくすめる秋夜の月