葛城の神もさこそは思ひけめ
くめちにわたすはしたなき迄
- 歌の意味
-
葛城の神もそのように思ったことだろう。久米路に架け渡す岩橋が、昼の姿を見られてきまり悪いほどに。
- 鑑賞
-
女車のようなよそおいで訪れた帥の宮は、帰りぎわに真弓の紅葉をめぐって和泉式部と連歌を交わし、和泉式部が情趣を解する人であることを改めて趣深く思った。和泉式部の方は、昼間に初めて姿を見られた恥ずかしさのなかで、直衣姿の帥の宮の立派さに目を奪われていた。
女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。
翌日、帥の宮から「昨日の、ひどくあきれたとお思いのご様子は、つらくもしみじみとしたものだった」という文が届き、和泉式部はこの歌を返した。歌の後には「どうしようもなく恥ずかしく存じました」と書き添えた。
帥の宮はすぐに折り返し「行のしるしもあらは葛城のはしたなしとてさてややみなん」と返した。その後、帥の宮は以前よりも時々訪れるようになり、和泉式部はこの上なく所在なさが慰められる心地がした。
葛城の神をめぐっては、役行者が葛城山の一言主神に命じて、葛城山から吉野の金峰山へ岩橋を架けさせたが、神は容貌の醜さを恥じて夜しか働かなかったため、橋は完成しなかったという伝説がある。
初句と第二句の「葛城の神もさこそは」は、葛城の神もそのように、という意味で、昼に姿を見られることを恥じて夜しか働かなかったという伝説の神に、自分をなぞらえている。第三句の「思ひけめ」は、思ったことだろう、の意で、「こそ〜けめ」は係り結び、「けめ」は過去推量の助動詞「けむ」の已然形である。
下の句の「くめちにわたすはしたなき迄」は、久米路に架け渡す橋が、きまり悪いほどに、という意味で、「はし」には架ける「橋」と、「はしたなし」すなわちきまりが悪いという語が掛けられている。昼間に初めて姿を見られた恥ずかしさを、伝説の神の恥じらいに重ね、帥の宮の「あきれたご様子だった」という言葉に、機知をもって答えている。
久米路(くめじ):大和国の地名。葛城の神が架けようとした岩橋の伝説で知られる
はしたなし:きまりが悪い、体裁が悪い
- 作者
-
和泉式部
- 出典
-
和泉式部日記
- 前の歌
-
しら露のはかなくをくと見し程に
- 次の歌
-
行のしるしもあらは葛城の はしたなしとてさてややみなん