ねぬるよのね覺の夢にならひてそ
伏見の里をけさは起つる
- 歌の意味
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共に寝た夜の、寝覚めに見る夢に慣れたように、伏見の里を、今朝は起きて出てきたことだ。
- 鑑賞
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紅葉見物をめぐる贈答の日も暮れ、その後、帥の宮が訪れたが、和泉式部の家の方角がふさがっていたので、帥の宮はいつものようにごく内密に和泉式部を連れ出した。この頃、帥の宮は四十五日の方違えのため、いとこにあたる三位中将の家に滞在していた。いつもと違う所でもあるので、和泉式部は見苦しいことだと申し上げたが、帥の宮は無理に連れて行き、車のまま、人目につかない車宿りに引き入れて、自分は奥へ入った。和泉式部は恐ろしく思ったが、人が寝静まってから帥の宮が出てきて、車に乗り込み、さまざまなことを語り合った。事情を知らない宿直の男たちが見回って歩き、いつもの右近の尉とあの小舎人童が近くに控えていた。帥の宮はしみじみといとおしく思い、これまで疎略にしてきたことまで悔やまれるほどであった。夜が明けると、帥の宮はすぐに和泉式部を送り届け、人が起きないうちにと急いで帰っていった。
女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。三位中将は、三位の位にある近衛中将を指す呼称で、帥の宮のいとこにあたる人物である。方違えは、陰陽道で凶とされる方角を避けるため、いったん別の場所に移って泊まることで、ここでは四十五日に及ぶものであった。
方違えの宿の車中で一夜を過ごし、和泉式部を送り届けた翌朝、帥の宮はこの歌を送った。
和泉式部は「其夜より我身の上は知れねはすゝろにあらぬ旅寢をそする」と返した。こうしたもったいないほどの帥の宮の深い心を知るにつけ、和泉式部は、強情に振る舞う理由もないと思い、帥の宮の邸へ参ろうと決心することになる。
初句と第二句の「ねぬるよのね覺の夢に」は、共に寝た夜の寝覚めに見た夢に、という意味で、「寝ぬる夜」は共寝をした夜をいう。第三句の「ならひてそ」は、慣れて、の意で、「ぞ」は強意の係助詞である。
下の句の「伏見の里をけさは起つる」は、伏見の里を今朝は起きて出てきた、という意味で、「伏見」には山城国の地名と、横になって夢を「臥し見る」意が掛けられ、「ぞ〜つる」は係り結びである。方違えの宿という見慣れぬ場所での一夜を、夢のような逢瀬として詠み、その場所を「臥し見」の里と言いなして、夜明けの別れを惜しんでいる。
方違へ(かたたがえ):凶とされる方角を避けるため、前夜に別の所へ移って泊まること
車宿り(くるまやどり):牛車を入れておく建物
宿直(とのい):宮中や貴人の邸に泊まり込んで警護すること
- 作者
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敦道親王
- 出典
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和泉式部日記
- 前の歌
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紅葉はのみにくる迄もちらさらは 高瀨の舟のいかゝ焦れん
- 次の歌
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其夜より我身の上は知れねは すゝろにあらぬ旅寢をそする