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吳竹のうきふししけき世中に
あらしとそ思ふ暫しはかりも

歌の意味
呉竹に節が多いように、つらいことの多いこの世の中に、しばらくの間も生きていたくないと思う。
鑑賞
 冬の夜の贈答ののち、和泉式部と帥の宮は、所在なさを慰め合いながら日々を過ごしていたが、それも思えばはかないことであった。帥の宮は、どのようにお考えになっているのか、心細いことをいろいろと語り、「やはり世の中にいつまでも生き長らえることはできないのではないか」と言ってよこした。
 女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。帥の宮の北の方は藤原済時の娘で、その姉娍子は東宮居貞親王の女御であった。
 和泉式部から「くれ竹のよゝのふる事おもほゆる昔かたりは我のみそせん」が届き、帥の宮はこの歌を返した。
 帥の宮は、和泉式部を人目につかないように住まわせる所なども、心得のない人なので決まりが悪く思っているのだろう、こちらでも聞きにくいことを言われるだろうから、いっそ自分で行って連れて来ようと決めた。そして十二月十八日、月の美しい夜に和泉式部のもとを訪れ、いつもの車で連れ出して、自邸に迎え入れた。邸の人々は驚き、北の方はたいそう不快に思って、やがて姉である東宮の女御のもとへ移ることになる。和泉式部は、宮仕えの身としてなおも物思いの絶えない日々を送ることになった。

 初句の「吳竹の」は、竹の縁で、第二句の「ふし」や第三句の「世」を導いている。第二句の「うきふししけき」は、つらい折の多い、という意味で、「ふし」には竹の「節」と、折、事柄の意の「節」が掛けられ、「しげし」は多い、の意である。第三句の「世中に」の「よ」にも、竹の節と節の間をいう「節(よ)」が響いている。
 下の句の「あらしとそ思ふ暫しはかりも」は、しばらくの間も生きていたくないと思う、という意味で、「じ」は打消意志の助動詞、「ぞ〜思ふ」は係り結びである。和泉式部の歌の「くれ竹の」を受け、竹の縁語を連ねて、つらいことの多い世を厭う心を詠んでいる。昔語りを一人でするのかと嘆いた和泉式部への答えとしては心細いが、この直後に和泉式部を邸に迎えることを思えば、世のつらさから逃れて二人で過ごしたいという願いの裏返しとも読める。

呉竹(くれたけ):淡竹(はちく)の異名。節が多いことから「世」「節」などにかかる
節(ふし):竹の節。転じて、折、機会、事柄
繁し(しげし):多い、絶え間がない
作者
敦道親王
出典
和泉式部日記
前の歌
くれ竹のよゝのふる事おもほゆる 昔かたりは我のみそせん