くれ竹のよゝのふる事おもほゆる
昔かたりは我のみそせん
- 歌の意味
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呉竹の節々のように、代々の昔のことが思い出される。その昔語りは、私一人ですることになるのだろう。
- 鑑賞
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冬の夜の贈答ののち、和泉式部と帥の宮は、所在なさを慰め合いながら日々を過ごしていたが、それも思えばはかないことであった。帥の宮は、どのようにお考えになっているのか、心細いことをいろいろと語り、「やはり世の中にいつまでも生き長らえることはできないのではないか」と言ってよこした。
女は和泉式部のことで、大江雅致の娘であり、和泉守橘道貞の妻として小式部内侍をもうけた。帥の宮は冷泉天皇の第四皇子敦道親王で、大宰帥であったことからこう呼ばれる。帥の宮の北の方は藤原済時の娘で、その姉娍子は東宮居貞親王の女御であった。
この世に長くは生きられないのではないかと心細いことを言ってよこした帥の宮に、和泉式部はこの歌で答えた。
帥の宮からは「吳竹のうきふししけき世中にあらしとそ思ふ暫しはかりも」が返ってきた。
初句の「くれ竹の」は、呉竹の節(よ)の意から、同音の「世々」を導く枕詞的な表現である。第二句と第三句の「よゝのふる事おもほゆる」は、代々の古い出来事が思い出される、という意味で、「おもほゆ」は自然に思われる、の意である。
下の句の「昔かたりは我のみそせん」は、その昔語りは私一人ですることになるだろう、という意味で、「ぞ〜む」は係り結びである。あなたがこの世からいなくなってしまったら、二人の思い出を語るのは私一人になってしまうと、帥の宮の心細い言葉を受けとめ、残される者の悲しみを訴えることで、相手に生きていてほしいと願っている。
呉竹(くれたけ):淡竹(はちく)の異名。節が多いことから「世」「節」などにかかる
古言(ふること):昔の出来事、古い話
昔語り(むかしがたり):昔の思い出話
- 作者
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和泉式部
- 出典
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和泉式部日記
- 前の歌
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冬のよはめさへ氷にとちられて 明しかたきを明しけるかな
- 次の歌
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吳竹のうきふししけき世中に あらしとそ思ふ暫しはかりも