白露は分きても置かじ女郎花
心からにや色の染むらむ
- 歌の意味
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白露は分け隔てをして置くわけではあるまい。女郎花は、自分の心がけによって美しい色に染まっているのだろう。
- 鑑賞
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寛弘五年(1008)の初秋、出産を控えた中宮彰子は里邸である藤原道長の土御門殿に退出していた。ある朝、紫式部が渡殿の戸口にある自分の局から外を眺めると、うっすらと霧が立ちこめ、朝露もまだ落ちないうちから、道長が庭を歩き回り、随身を呼んで遣水の手入れをさせていた。道長は橋の南側に見事に咲き盛っている女郎花を一枝折らせ、それを手に几帳の上から局を覗き込んだ。その姿がこちらが気後れするほど立派であるのに対し、紫式部は寝起きのままの自分の顔が思い知られて恥ずかしく感じた。
紫式部は藤原為時の娘で、一条天皇の中宮彰子に仕える女房である。「殿」と呼ばれる藤原道長は中宮彰子の父で、当時は左大臣として朝廷の頂点に立っていた。
紫式部が女郎花を見てすぐに「女郎花盛りの色を見るからに露の分きける身こそ知らるれ」と詠んで差し出すと、道長は「あな、疾(ああ、早いことだ)」とほほ笑み、硯を取り寄せてこの歌を返した。
紫式部の嘆きを打ち消し、美しさは心がけ次第だと応じた返歌で、この朝のやりとりは道長と紫式部の親しい主従関係をうかがわせる場面として、のちの段の贈答とともによく取り上げられる。
『新古今和歌集』雑歌上に、紫式部の歌に対する返歌として入集している。
初句と第二句の「白露は分きても置かじ」は、紫式部の歌の「露の分きける」をそのまま受け、露が分け隔てをして置くことなどないだろう、と打ち消している。「じ」は打消推量の助動詞である。第三句の「女郎花」も紫式部の初句を受けた語である。
下の句の「心からにや色の染むらむ」は、女郎花が美しく色づいているのは、女郎花自身の心によるのだろうか、という意味である。「や」は疑問の係助詞、「らむ」は現在推量の助動詞で、係り結びをなしている。露、分く、女郎花、色という紫式部の歌の語を一つずつ受け止めながら、美しくなるかどうかはあなたの心次第だと、やんわり励ます返歌になっている。
白露(しらつゆ):草葉に置いて白く光る露
置く(おく):露や霜が降りる
染む(しむ):色に染まる、色がつく
- 作者
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藤原道長
- 出典
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紫式部日記
- 前の歌
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女郎花盛りの色を見るからに 露の分きける身こそ知らるれ
- 次の歌
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紀伊の国の白良の浜に拾ふてふ この石こそは巌ともなれ