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わきて今日逢坂山の霞めるは
立ち遅れたる春や越ゆらん

歌の意味
とりわけ今日、逢坂山が霞んでいるのは、出発に遅れた春が今ごろ山を越えているからだろうか。
鑑賞
春歌 9

詞書「春になりける方違へに、志賀の里へまかりける人に具してまかりけるに、逢坂山の霞みけるを見て」
 詞書によれば、春になって方違えのために志賀の里へ向かう人に同行した折、逢坂山が霞んでいるのを見て詠んだ歌である。京から近江へ越える逢坂山にとりわけ霞がかかっているのは、自分たちより出発の遅れた春が、後から山を越えてくるからだろうか、と見立てている。
 自分たちが山を越える旅と、春が山を越えてやってくる様子とを重ね合わせたところに趣がある。霞を春の歩みの跡と見る、軽やかな機知の歌である。

 初句「わきて今日」の「わきて」は、とりわけ、特に、の意である。
 二句「逢坂山の」は、山城と近江の境にある山で、逢坂の関が置かれた交通の要所である。都から志賀へ向かう道筋にあたる。
 三句「霞めるは」は、霞がかかっているのは、の意で、以下にその理由を推し量る。
 四句「立ち遅れたる」は、出発に遅れた、の意である。「立ち」は霞が「立つ」の縁語で、春が旅人のように遅れて出立したと擬人化している。
 結句「春や越ゆらん」の「や」は疑問の係助詞で、推量の「らん」と係り結びをなし、春が今ごろ山を越えているのだろうかと結んでいる。

かたたがへ:外出の際、凶とされる方角を避け、いったん別の方角に泊まってから目的地へ向かうこと
あふさかやま:山城国と近江国の境にある山。逢坂の関があった
たちおくる:出発に遅れる
作者
西行
出典
山家集
前の歌
いつしかと春来にけりと津の国の 難波の浦を霞こめたり
次の歌
春知れと谷の細水漏りぞ来る 岩間の氷ひま絶えにけり