ささがにのいと世をかくて過ぎにける
人の人なる手にもかからで
- 歌の意味
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蜘蛛の糸を懸けるように、ほんとうにこのようにして世を過ごしてきたことだ。人並みの人の手にもかからないで。
- 鑑賞
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百首 1552
詞書は前の歌に続き「雑十首」
雑十首の結びで、巻末を飾る一首である。蜘蛛の糸のようにはかなく、まことにこのようにして世を過ごしてきたものだ、人並みの人の手にかかることもなく、と自らの生涯を振り返る。
世の人の引き立てや縁に頼ることなく、ひとり世を過ごしてきた自らの生き方を、蜘蛛の糸の比喩によって詠んだ一首である。無常十首の第千五百十四首と同じく「ささがにの」で始まり、はかない世の比喩を再び用いて百首を閉じている。巻頭の第千四百五十三首が吉野の花に心を留めることから始まったのに対し、巻末は何ものにもかからずに過ごした生涯で結ばれている。
初句「ささがにの」は、蜘蛛を意味し、「いと」にかかる枕詞で、第千五百十四首と同じ初句である。
二句「いと世をかくて」の「いと」は、蜘蛛の「糸」と、まことにの意の「いと」とを掛けた掛詞である。「かく」は、糸を「懸く」と、このようにの意の「斯く」とを掛けた掛詞である。
三句「過ぎにける」の「にける」は完了と過去で、過ごしてきたことだ、の意を表し、三句切れとなる。
四句「人の人なる」は、人並みの、一人前の人の、の意である。
結句「手にもかからで」の「で」は打消の接続助詞で、手にもかからないで、の意である。「かかる」は蜘蛛の糸の縁語であり、倒置となっている。
ささがに:蜘蛛
いと:蜘蛛の糸の意と、まことにの意を掛ける
かく:糸を懸ける意と、このようにの意の斯くを掛ける
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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波高き芦屋の沖を隠れ舟の ことなくて世を過ぎんとぞ思ふ