波高き芦屋の沖を隠れ舟の
ことなくて世を過ぎんとぞ思ふ
- 歌の意味
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波の高い芦屋の沖を、物陰に隠れて行く舟が無事であるように、何事もなくこの世を過ごしたいと思う。
- 鑑賞
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百首 1551
詞書は前の歌に続き「雑十首」
雑十首の九首目である。波の高い芦屋の沖を、物陰に隠れるようにして行く舟が無事に過ぎていくように、自分も何事もなく世を過ごしたい、と詠む。
芦屋は摂津国の海辺の地名である。荒い波の沖を隠れるようにして無事に渡る舟に、世の荒波を避けて静かに生きたいという願いを重ねている。上の句が「ことなくて」を導く序の役割を果たしている。第千五百四十四首の、行方も知らず漕ぎ別れた舟とも対照をなしている。
初句「波高き」は、波の高い、の意である。
二句「芦屋の沖を」は、摂津国の海辺の地である芦屋の沖を、の意である。
三句「隠れ舟の」は、物陰に隠れて行く舟が、の意で、字余りとなっている。初句から三句までが、舟が無事に過ぎることから「ことなくて」を導いている。
四句「ことなくて世を」は、何事もなくて、この世を、の意である。
結句「過ぎんとぞ思ふ」の「ぞ」は係助詞で、「思ふ」の連体形で結ぶ係り結びとなり、過ごそうと思う、の意を強めている。
ことなし:何事もない、無事である
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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月をこそ眺めば心浮かれ出でめ 闇なる空に漂ふやなぞ
- 次の歌
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ささがにのいと世をかくて過ぎにける 人の人なる手にもかからで