月をこそ眺めば心浮かれ出でめ
闇なる空に漂ふやなぞ
- 歌の意味
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月をこそ眺めるならば、心が浮かれ出もしようが、闇の空にさまよっているのは、いったいなぜなのか。
- 鑑賞
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百首 1550
詞書は前の歌に続き「雑十首」
雑十首の八首目である。月を眺めるなら心が浮かれ出るのもわかるが、月もない闇の空に心がさまよっているのはなぜなのか、と自らに問う。
月に誘われて心が浮かれるのは当然としても、何もない闇の空にまで心がさまよい出るのはなぜか、と定まらない心を見つめた一首である。述懐十首の第千五百七首の「浮かれのみゆく心」とも通じ、迷う心を詠んだ前歌に続いている。
初句「月をこそ」の「こそ」は係助詞で、三句の「め」と係り結びをなす。
二句「眺めば心」の「ば」は仮定で、眺めるならば心が、の意である。
三句「浮かれ出でめ」は、初句の「こそ」を受けて推量「む」の已然形「め」で結ぶ係り結びとなり、浮かれ出もしよう、の意を表す。逆接で下へ続き、字余りとなっている。
四句「闇なる空に」は、月のない闇の空に、の意で、初句の「月」と対比されている。
結句「漂ふやなぞ」の「なぞ」は、なぜ、の意で、さまようのはなぜか、と問う意を表す。
うかる:心が落ち着かずさまよい出る
なぞ:なぜ、どうして
- 作者
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西行
- 出典
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山家集
- 前の歌
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山里の心の夢にまどひをれば 吹きしらまかす風の音かな
- 次の歌
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波高き芦屋の沖を隠れ舟の ことなくて世を過ぎんとぞ思ふ