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さ筵に幾世の秋を忍び来ぬ
今はた同じ宇治の橋姫

歌の意味
むしろの上で幾年の秋を耐え忍んできたことか。今ではまったく同じだ、あの宇治の橋姫と。
鑑賞
恋歌 513

詞書は前の歌に続き「待恋の心をよめる」
 敷物の上で幾年の秋をひとり耐え忍んできたことか、今では恋人を待ち続ける宇治の橋姫とまったく同じ身だと詠んだ歌である。古今集の「さむしろに衣かたしき今宵もや我を待つらむ宇治の橋姫」を踏まえている。

 初句「さ莚に」は、前歌と同じ初句で、本歌の初句でもある。
 二句「いく世の秋を」は、幾年の秋をの意で、本巻の第五百八首の「いく世の秋か」と同じ語である。
 三句「忍びきぬ」は、耐え忍んできたの意で、ここで句切れとなる。
 四句「今はたおなじ」は、今ではまったく同じだの意で、本巻の第四百八十八首の二句「いまはた同じ」と同じ句である。
 結句「宇治のはし姫」は、宇治橋のたもとで恋人を待つという女性の意で、体言止めとなっている。待つ恋の象徴としての橋姫に自分を重ねている。

はしひめ:宇治橋のたもとで恋人を待つという伝説の女性
はた:まったく
作者
源実朝
出典
金槐和歌集
前の歌
さ筵にひとりむなしく年も経ぬ 夜の衣の裾合はずして
次の歌
来ぬ人を必ず待つとなけれども 暁方になりやしぬらむ