白雲の消えは消えなで何しかも
たつたの山の名のみ立つらむ
- 歌の意味
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白雲が消えるなら消えてしまえばよいのに消えないで、どうして立田の山の名のように、浮き名ばかりが立つのだろう。
- 鑑賞
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恋歌 523
詞書「寄雲恋」
白雲が消えるように自分も消えてしまえばよいのにそうもならず、どうして立田山に雲が立つように、恋の浮き名ばかりが立つのだろうと嘆いた歌である。
底本の注記によれば、定家所伝本では結句を「なみの立つらむ」とする。ここでは底本の本文に従う。
初句「白雲の」は、白い雲がの意である。
二句「きえはきえなで」は、消えるなら消えてしまえばよいのに消えないでの意である。
三句「なにしかも」は、どうしての意で、「し」「かも」は強意である。
四句「たつたの山の」は、大和国の立田山の名に、雲が立つことと名が立つこととを掛けている。
結句「名のみたつらむ」は、浮き名ばかりが立つのだろうの意で、「らむ」は原因推量である。本巻の第四百三十五首の「わが名は立たじ」に対し、ここでは名が立ってしまうことを嘆いている。
たつた:立田山と、雲や名が立つ意を掛ける
なにしかも:どうして
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
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