時により過ぐれば民の嘆きなり
八大竜王雨やめたまへ
- 歌の意味
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時によっては、雨も度を過ぎれば民の嘆きとなる。八大竜王よ、どうか雨をやめてください。
- 鑑賞
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雑歌 716
詞書「建暦元年七月洪水漫天、土民愁歎せむ事を思ひて、一人本尊に向ひ奉り、いささか祈念を致すと云ふ」
建暦元年(1211)七月、洪水が天にあふれるほどの大雨となり、民が嘆き悲しむことを思って、ひとり本尊に向かい祈念をこめて詠んだ歌である。恵みの雨も時によっては度を過ぎれば民の嘆きとなると述べ、雨をつかさどる八大竜王に、どうか雨をやめてくださいと直接呼びかけている。民を思う為政者としての実朝の真情がほとばしる、力強い一首として名高い。賀茂真淵はこの歌に評価の印を付けている。
類従本では詞書の表記を一部異にする。底本はこの歌で雑部を終え、その後に奥書を記している。
初句「時により」は、時によってはの意である。巻頭の第五百六十二首がひとりの旅の心から雑部を始めたのに対し、巻末の本歌は民の嘆きを思う祈りで結び、一人の心から国を治める者の祈りへと至る構成になっている。
二句「すぐれば民の」は、度を過ぎれば民のの意である。
三句「なげきなり」は、嘆きとなるの意で、三句切れである。前の慈悲の歌々を受け、民の嘆きへと思いを広げている。
四句「八大龍王」は、仏法を守護し雨をつかさどるとされる八体の竜王で、八音の字余りである。
結句「雨やめ給へ」は、雨をやめてくださいの意で、命令形による強い祈りである。
はちだいりゆうわう:仏法を守護し雨をつかさどるとされる八体の竜王
たみ:人民、民衆
- 作者
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源実朝
- 出典
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金槐和歌集
- 前の歌
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物言はぬ四方の獣すらだにも あはれなるかなや親の子を思ふ