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何事にあき果てながらさを鹿の
思ひかへして妻を恋ふらむ

歌の意味
どういうわけで、秋も終わり、妻への思いにも飽き果てたはずなのに、牡鹿は思い直して再び妻を恋い慕って鳴くのだろうか。
鑑賞
巻第四 冬歌 265

 秋が終わって冬になったのに、なぜ牡鹿は思い直したように再び妻を恋い慕って鳴くのか、といぶかる歌である。「あき」に季節の秋と心の飽きを掛け、秋とともに妻への思いも果てたはずの鹿が思い返して鳴くという趣向である。
 鹿が妻を恋うて鳴くのは秋の代表的な景物で、それを冬に聞く意外さを詠んでいる。
 本巻の第二百五十七首から第二百六十六首までは、時雨や紅葉など初冬の景物を詠む歌が続く。

 初句「何事に」はどういうわけでの意で、結句の「らむ」と呼応して原因を問う疑問を表している。
 二句「あき果てながら」の「あき」は季節の秋と、飽きるの意の「飽き」の掛詞で、平仮名のままとした。秋が終わり、恋心にも飽き果てたはずなのにの意となる。
 三句「さを鹿の」は牡鹿で、「さ」は接頭語である。秋に妻を恋うて鳴く動物として詠まれる。
 四句「思ひかへして」は思い直しての意で、一度果てたはずの思いを取り戻すことを示している。
 結句「妻を恋ふらむ」は妻を恋い慕うのだろうかの意で、原因推量の「らむ」で結んでいる。

あく:季節の「秋」と、満ち足りて嫌になる意の「飽く」を掛ける
さをしか:牡鹿。「さ」は接頭語
おもひかへす:考え直す
出典
金葉和歌集
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