- 歌の意味
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山吹も同じ挿頭の花ではあるけれど、それでもやはり宮中の桜が恋しく思われる。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌上 526
山吹も髪に挿す挿頭の花であることに変わりはないが、それでもやはり宮中の桜が恋しい、と詠む歌である。いま手にしている山吹の挿頭に満足しきれず、かつて親しんだ宮中の桜を慕う心を詠んでおり、宮中を離れた身が宮仕えの日々を懐かしむ思いを花に託したものとみられる。
「雲居」は宮中を表す語で、本巻では第五百七十一首に「雲居の月」と詠まれ、宮中から遠ざかった身の嘆きを表している。
初句「山吹も」は、山吹もまたの意である。山吹は晩春に黄色い花を咲かせる低木である。
二句「同じかざしの」は、同じ挿頭のの意で、挿頭は祭や宴の折に冠や髪に挿す草花をいう。
三句「花なれど」は、花ではあるけれどの意で、断定の「なり」の已然形に逆接の「ど」が付いている。
四句「雲居の桜」は、宮中の桜の意で、「雲居」は宮中を表す。本巻の第五百七十一首の「雲居の月」と同じく、宮中を慕う思いを込めている。
結句「なほぞ恋しき」は、やはり恋しいの意で、係助詞「ぞ」を受けて形容詞の連体形「恋しき」で結ぶ係り結びとなっている。
かざし:祭や宴の折に冠や髪に挿す草花
くもゐ:雲のある所の意から転じて、宮中
- 出典
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金葉和歌集
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