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音にのみありと聞きこしみ吉野の
滝は今日こそ袖に落ちけれ

歌の意味
噂にばかりあると聞いてきた吉野の滝は、今日こそ私の袖に落ちたことだ。
鑑賞
巻第十一 恋歌一 991

詞書は前の歌に続き「題しらず」
 遠くから見聞きするだけの恋を詠む一連の二首目である。噂にばかり聞いていた吉野の滝が今日こそ袖に落ちたと詠み、恋の涙のはげしさを滝にたとえる。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
 作者の「読人しらず」は前歌から続く表記で、作者名の伝わらない歌であることを示す。

 初句「音にのみ」は、噂にばかり、の意である。前歌の「よそにのみ」と同じ形で起こし、見るだけの恋に対して、聞くだけの恋を置く。
 二句「ありと聞きこし」の「こし」は、カ変動詞「来」に過去の助動詞「き」の連体形が付いたもので、これまでずっと聞いてきた、の意である。
 三句「み吉野の」の「み」は美称の接頭語である。吉野は大和国の歌枕で、吉野川の急流や滝、桜や雪と結び付いて詠まれてきた。
 四句「滝は今日こそ」の「こそ」は強意の係助詞で、結句の「けれ」で結ぶ。噂でしか知らなかった滝が、今日という日にはじめて身に迫るものとなる。
 結句「袖に落ちけれ」は、滝が袖に落ちるという誇張によって、とめどない涙を示す。「けれ」は気づきの詠嘆である。噂に聞くだけであったものが涙となって身に落ちかかり、前歌の見るだけの恋から、涙を流す恋へと一歩進んだ位置に置かれている。

おと:うわさ、評判
作者
よみ人しらず
出典
新古今和歌集
前の歌
よそにのみ見てや止みなん葛城や 高間の山の峰の白雲
次の歌
あしひきの山田守る庵に置く蚊火の 下焦がれつつ我が恋ふらくは