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みかの原わきて流るる泉川
いつ見きとてか恋しかるらん

歌の意味
みかの原を分けて湧き出て流れる泉川ではないが、いつ見たというので、こんなにも恋しいのだろうか。
鑑賞
巻第十一 恋歌一 996

詞書「題しらず」
 まだ逢わぬ人への恋を詠む一連の一首目である。泉川の名から「いつ見き」を導き、いつ逢ったというわけでもないのに、なぜこれほど恋しいのかと詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
 作者の「中納言兼輔」は藤原兼輔である。右中将藤原利基の子で、従三位中納言に至った。賀茂川の堤に邸があったことから堤中納言と呼ばれ、紫式部の曾祖父にあたる。
 この歌は藤原定家の『小倉百人一首』に採られている。

 初句「みかの原」は、山城国相楽郡、今の京都府木津川市の地で、奈良時代に恭仁京が置かれた。
 二句「わきて流るる」の「わきて」は、みかの原を分けて流れる意の「分きて」と、水が湧き出る意の「湧きて」を掛ける。
 三句「泉川」は今の木津川である。「泉」は「湧き」の縁語で、初句からここまでが、同じ音を繰り返して「いつ見」を導く序詞となっている。
 四句「いつ見きとてか」の「か」は疑問の係助詞で、結句の「らん」で結ぶ。いつ逢ったというので、の意で、逢った覚えもないのに、という思いがこもる。
 結句「恋しかるらん」の「らん」は原因推量の助動詞で、どうしてこうも恋しいのだろうか、と自らの心をいぶかる。湧き出て尽きない川の水が、あふれる恋心と重なる。前歌までの贈歌に対し、ここからは逢う前の恋のもどかしさが続き、次歌も「逢はぬ君かな」と結ぶ。

わく:分けて流れる意の「分く」と、湧き出る意の「湧く」を掛ける
作者
藤原兼輔
出典
新古今和歌集
前の歌
紫の色に心はあらねども 深くぞ人を思ひそめつる
次の歌
園原や伏屋に生ふる帚木の ありとは見えて逢はぬ君かな