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園原や伏屋に生ふる帚木の
ありとは見えて逢はぬ君かな

歌の意味
園原の伏屋に生える帚木が、遠くからはあると見えながら近づくと見えなくなるように、そこにいるとは見えながら逢ってくれないあなたであるよ。
鑑賞
巻第十一 恋歌一 997

詞書「平定文家歌合に」
 まだ逢わぬ人への恋を詠む一連の二首目である。遠目にはあるように見えて近づくと消えるという伝説の帚木に、姿は見えながら逢ってくれない相手をたとえる。詞書によれば平定文の家の歌合で詠まれた。
 作者の「坂上是則」は平安時代前期の歌人で、三十六歌仙の一人である。大和権少掾、加賀介などを務め、子の望城は梨壺の五人の一人に数えられる。
 平定文は平安時代前期の歌人で、平中の名で知られ、『平中物語』の主人公とされる。
 この帚木の伝説は『源氏物語』帚木巻の名の由来となり、光源氏と空蝉が交わした歌にもこの歌が踏まえられている。

 初句「園原や」の園原は、信濃国伊那郡、今の長野県阿智村の地で、美濃へ越える神坂峠のふもとにあたる。「や」は詠嘆である。
 二句「伏屋に生ふる」の伏屋は、屋根の低い粗末な小屋の意で、園原の地にあったとされる。
 三句「帚木の」の帚木は、遠くからは箒を立てたように見えるが、近づくと見えなくなるという伝説の木である。初句からここまでが、下の句を導く序詞となる。
 四句「ありとは見えて」は、あるとは見えながら、の意で、帚木の姿と、そこにいるのに逢えない相手とが重ねられる。
 結句「逢はぬ君かな」は詠嘆の「かな」で結ぶ。前歌の「いつ見き」が見た覚えもない人への恋であったのに対し、ここでは姿は見えながら逢えない恋が詠まれ、見ることと逢うことの隔たりが対になっている。

ふせや:屋根の低い粗末な小屋
ははきぎ:遠くからは見えて近づくと見えなくなるという伝説の木
作者
坂上是則
出典
新古今和歌集
前の歌
みかの原わきて流るる泉川 いつ見きとてか恋しかるらん
次の歌
年を経て思ふ心のしるしにぞ 空もたよりの風は吹きける