唐衣袖に人目はつつめども
こぼるるものは涙なりけり
- 歌の意味
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唐衣の袖で人目を包み隠しているけれど、それでもこぼれ落ちるものは涙であったよ。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 1003
詞書「いかなる折にかありけん女に」
忍ぶ恋を詠む一連の三首目である。袖で人目を包み隠しても、こぼれ落ちるのは涙だと詠む。詞書は、どのような折であったか分からないが、女に贈った歌であると記す。
作者の「謙徳公」は藤原伊尹である。右大臣藤原師輔の長男で、摂政太政大臣に至った。謙徳公は死後に贈られた諡である。家集に『一条摂政御集』がある。
初句「唐衣」は、中国風の美しい衣の意で、衣の美称として「袖」を導く。
二句「袖に人目は」は、袖で人の目を、の意である。袖は涙を隠すものとして恋の歌に多く詠まれる。
三句「つつめども」は、包み隠しているけれども、の意で、前歌と同じ三句である。前歌が沼の岩垣という景物に寄せたのに対し、ここでは袖という身近なもので人目を包む。
四句「こぼるるものは」は、包みきれずにこぼれ落ちるものは、の意である。
結句「涙なりけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、それは涙であったよ、と結ぶ。前歌が「いかなるひまに」と問いかけて終わったのに対し、この歌は涙であると答える形で、二首が問いと答えのように並べられている。本巻の第千三十七首の兼実歌も「なほもるものは涙なりけり」と同じ結句で結ぶ。
からころも:中国風の美しい衣、衣の美称
こぼる:こぼれ落ちる
- 作者
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藤原伊尹
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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みごもりの沼の岩垣つつめども いかなるひまに濡るる袂ぞ
- 次の歌
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天つ空豊の明りに見し人の なほ面影のしひて恋しき