幾かへり咲き散る花をながめつつ
物思ひ暮らす春に逢ふらん
- 歌の意味
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幾度、咲いては散る花を物思いにふけりながら眺めて、思い悩んで日を暮らす春にめぐり逢うのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 1017
詞書「年を経て言ひわたり侍りける女のさすがにけ近くはあらざりけるに春の末つ方言ひつかはしける」
春の花に寄せて恋を詠む一連の二首目である。咲いては散る花を眺めながら、物思いのうちに暮らす春に幾度めぐり逢うのかと、実らぬまま重ねた年月を嘆く。詞書によれば、長年言い寄っていた女が、それでも打ち解けなかったので、春の終わりごろに贈った歌である。
作者の「能宣朝臣」は大中臣能宣である。伊勢神宮の祭主を務めた神祇大副大中臣頼基の子で、自らも祭主となり、梨壺の五人の一人として『後撰和歌集』の撰進と『万葉集』の訓読にあたった。三十六歌仙の一人である。
初句「幾かへり」は、幾度、の意で、何年もの春が繰り返されたことを示す。
二句「咲き散る花を」は、咲いては散る花を、の意で、年ごとにめぐる春と、実らぬまま過ぎる歳月を示す。
三句「ながめつつ」は、物思いにふけりながら眺める意で、「つつ」は反復と継続を表す。
四句「物思ひ暮らす」は、物思いのうちに日を暮らす、の意である。
結句「春に逢ふらん」の「らん」は現在推量で、幾度こうした春にめぐり逢うのだろうか、と長い年月を振り返る。前歌の元輔歌がひとつの春を惜しんだのに対し、この歌は幾度も繰り返された春を嘆き、同じ春の花を一時と歳月の尺度で扱う二首となっている。
いひわたる:長い間言い寄り続ける
ながむ:物思いにふけりながらぼんやりと見る
- 作者
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大中臣能宣
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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匂ふらん霞のうちの桜花 思ひやりても惜しき春かな
- 次の歌
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奥山の峰飛び越ゆる初雁の はつかにだにも見てや止みなん