大空を渡る春日の影なれや
よそにのみしてのどけかるらん
- 歌の意味
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あなたは大空を渡ってゆく春の日の光だからだろうか。私とはかかわりなく、よそにばかりいて、のどかにしているのは。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 1019
詞書は前の歌に続き「題しらず」
遠くから見るだけの恋を詠む一連の二首目である。相手を大空を渡る春の日の光にたとえ、自分とはかかわりなくよそにいてのどかにしていると恨む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「亭子院御歌」は宇多天皇である。光孝天皇の皇子で、菅原道真を登用し、醍醐天皇に位を譲った。譲位後に出家して法皇となり、亭子院に住んだことから亭子院と呼ばれた。
初句「大空を」は、はるかな空を、の意で、手の届かない高みを示す。
二句「渡る春日の」は、空を渡ってゆく春の日の、の意である。
三句「影なれや」の「影」は光の意で、「なれや」は、〜だからだろうか、と疑問を表す。相手を春の日の光になぞらえる。
四句「よそにのみして」は、よそにばかりいて、の意である。巻頭の第九百九十首の初句「よそにのみ」と同じ語を用い、相手と自分の隔たりを示す。
結句「のどけかるらん」の「らん」は原因推量で、どうしてあのようにのどかなのだろうか、の意である。恋に苦しむ自分をよそに、相手が春の日のようにのどかにしていることを恨む。前歌が峰を越えて去る秋の初雁を詠んだのに対し、この歌は空を渡る春の日を詠み、空を行く秋のものと春のものが対に置かれている。
かげ:光
- 作者
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宇多天皇
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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奥山の峰飛び越ゆる初雁の はつかにだにも見てや止みなん
- 次の歌
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春風の吹くにもまさる涙かな 我がみなかみも氷解くらし