春風の吹くにもまさる涙かな
我がみなかみも氷解くらし
- 歌の意味
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春風が吹いて氷が解け、水かさが増すのにもまさってあふれる涙であるよ。我が身という川の水源でも、氷が解けているらしい。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 1020
詞書「正月雨降り風吹きける日女につかはしける」
謙徳公歌二首の一首目である。春風が吹いて氷が解け、水かさが増すのにもまさる涙を詠み、我が身の水源でも氷が解けたらしいと言う。詞書によれば、正月、雨が降り風が吹いた日に女に贈った歌である。
作者の「謙徳公」は藤原伊尹である。右大臣藤原師輔の長男で、摂政太政大臣に至った。謙徳公は死後に贈られた諡である。家集に『一条摂政御集』がある。
なお本文の四句は「わかみなかみも」とあり、読み仮名の行の「わかみなかみに」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
初句「春風の」は、年の改まった正月に吹く春風である。春風が氷を解かすという古くからの見方を踏まえる。
二句「吹くにもまさる」は、春風が吹いて氷が解け、水かさが増すのにもまさって、の意である。
三句「涙かな」は詠嘆の「かな」で、ここで三句切れとなる。正月の雨が涙と重ねられている。
四句「我がみなかみも」の「みなかみ」は、川の水源の意の「水上」に「我が身」を掛ける。本文に従い「も」とする。
結句「氷解くらし」の「らし」は根拠のある推定で、涙がこれほど流れるのは、我が身の水源の氷も解けたからであるらしい、の意である。『古今和歌集』の紀貫之の「袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つ今日の風やとくらむ」と同じく、春風が氷を解かすという発想に立ち、それを恋の涙に転じている。次歌も同じ謙徳公の歌で、女への思いが続く。
みなかみ:川の水源の意の「水上」と、「我が身」の「身」を掛ける
- 作者
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藤原伊尹
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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大空を渡る春日の影なれや よそにのみしてのどけかるらん
- 次の歌
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水の上に浮きたる鳥の跡もなく おぼつかなさを思ふころかな