古典和歌stream

空蝉の鳴く音やよそにもりの露
干しあへぬ袖を人の問ふまで

歌の意味
蝉の鳴く声のような私の泣き声が、よそに漏れてしまったのだろうか。森の露のように干しきれない涙の袖を、人が不審に思って尋ねるほどに。
鑑賞
巻第十一 恋歌一 1031

詞書「家に歌合し侍りけるに夏恋の心を」
 夏の恋を詠む歌二首の一首目である。蝉のように泣く声が人に漏れ聞こえたのか、森の露のように干しきれない袖を人が尋ねるほどになったと詠む。詞書によれば、作者の家で催した歌合で「夏恋」の題により詠まれた。
 作者の「摂政太政大臣」は九条良経である。関白九条兼実の子で、摂政太政大臣に至った。『新古今和歌集』の仮名序を書いた。

 初句「空蝉の」は蝉のことで、蝉の鳴き声に自分の泣き声を重ねる。
 二句「鳴く音やよそに」の「や」は疑問の係助詞で、泣き声がよそに漏れ聞こえたのだろうか、の意である。
 三句「もりの露」の「もり」は、声が漏れる意の「漏り」と、蝉の鳴く「森」を掛け、森の露に涙を重ねる。ここで三句切れとなる。
 四句「干しあへぬ袖を」は、干しきれない袖を、の意で、涙に濡れ続ける袖である。
 結句「人の問ふまで」は、人が不審に思って尋ねるほどまでに、の意で、忍ぶ恋が隠しきれなくなったことを示す。前歌までの一連が時雨に寄せて色に出さない恋を詠んだのに対し、この歌は夏の蝉と露に寄せて、人に問われるほど表れてしまった恋を詠む。次歌の寂蓮歌も同じ歌合の夏恋の歌で、袖に蛍を包む恋を詠む。

うつせみ:蝉
もり:声が漏れる意の「漏り」と、「森」を掛ける
ほしあふ:すっかり干しきる
作者
九条良経
出典
新古今和歌集
前の歌
我が恋は松を時雨の染めかねて 真葛が原に風騒ぐなり
次の歌
おもひあれば袖に蛍を包みても 言はばや物を問ふ人はなし