風吹けばとはに波越す磯なれや
我が衣手の乾く時なき
- 歌の意味
-
風が吹くといつも波が越えてくる磯だからだろうか。私の袖の乾く時がない。
- 鑑賞
-
巻第十一 恋歌一 1040
詞書「題しらず」
涙に濡れる袖を海辺の景に寄せて詠む一連の一首目である。風が吹けばいつも波が越える磯なのか、我が袖の乾く時がないと、絶えない恋の涙を詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「貫之」は紀望行の子で、『古今和歌集』の撰者の一人である。仮名序を書き、『土佐日記』を著した。
初句「風吹けば」は、風が吹くと、の意である。
二句「とはに波越す」の「とはに」は、いつまでも、の意で、絶え間なく波の打ち越すさまをいう。
三句「磯なれや」は、磯だからだろうか、の意で、我が袖を波の越える磯にたとえる。
四句「我が衣手の」の衣手は袖である。
結句「乾く時なき」は、三句の「や」を受けて連体形で結ぶ。絶え間なく波をかぶる磯に、涙の乾く間もない袖を重ねている。次歌の道信歌も須磨の海人の波かけ衣を詠み、涙に濡れる袖を海辺の景に寄せる歌が二首続く。
ころもで:袖
- 作者
-
紀貫之
- 出典
-
新古今和歌集
- 前の歌
-
雨もこそは頼まばもらめ頼まずは 思はぬ人と見てをやみなん
- 次の歌
-
須磨の海人の波かけ衣よそにのみ 聞くは我が身になりにけるかな