須磨の海人の波かけ衣よそにのみ
聞くは我が身になりにけるかな
- 歌の意味
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須磨の海人の、波のかかる衣の濡れようを、よそ事とばかり聞いていたが、それが我が身のことになってしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 1041
詞書は前の歌に続き「題しらず」
涙に濡れる袖を海辺の景に寄せて詠む一連の二首目である。須磨の海人の波に濡れる衣をよそ事と聞いていたのに、それが我が身のことになったと、恋の涙に濡れる袖を詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「道信朝臣」は藤原道信である。太政大臣藤原為光の子で、藤原兼家の養子となった。左近衛中将に至ったが、二十三歳の若さで没した。
初句「須磨の海人の」の須磨は摂津国、今の神戸市須磨区の海辺で、藻塩を焼く海人のわびしい住まいの地として詠まれた歌枕である。六音の字余りとなっている。
二句「波かけ衣」は、波のかかる衣の意で、濡れて乾く間もない衣をいう。
三句「よそにのみ」は、よそ事とばかり、の意である。巻頭の第九百九十首の初句と同じ語である。
四句「聞くは我が身に」は、よそ事と聞いていたことが我が身に、の意である。
結句「なりにけるかな」は詠嘆の「かな」で結ぶ。前歌の貫之歌が袖を磯にたとえたのに対し、この歌は海人の衣にたとえ、よそ事と聞いていた濡れた衣が我が身のことになったと詠む。巻頭の「よそにのみ」見る恋から始まった巻の中で、よそのことが我が身のことに転じている。
あま:海で漁をしたり藻塩を焼いたりする人
なみかけごろも:波のかかる衣
- 作者
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藤原道信
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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風吹けばとはに波越す磯なれや 我が衣手の乾く時なき
- 次の歌
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沼ごとに袖ぞ濡れぬるあやめ草 心に似たるねを求むとて