五月雨はそらおぼれするほととぎす
時に鳴く音は人もとがめず
- 歌の意味
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五月雨のころは空とぼけをするほととぎすでも、その時節に鳴く声ならば、人もとがめはしない。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 1044
詞書「返し」
五月の景物に寄せる恋を詠む一連の三首目で、前歌への返歌である。五月雨のころに空とぼけをするほととぎすでも、時節に鳴く声なら人もとがめないと、贈歌の問いを軽くかわす。詞書によれば前歌の公任への返しである。
作者の「馬内侍」は平安時代中期の女房歌人で、中古三十六歌仙の一人である。
初句「五月雨は」は、陰暦五月の長雨のころは、の意である。
二句「そらおぼれする」の「そらおぼれ」は、知らないふりをすることで、五月雨の降る空の意が響く。
三句「ほととぎす」は、贈歌の初句を受ける。
四句「時に鳴く音は」は、その時節に鳴く声は、の意で、贈歌の「ね」を受け、五月という時にかなって鳴くのだから、と言う。
結句「人もとがめず」は、人もとがめだてはしない、の意である。贈歌の「いかなるねにか鳴くべき」という問いに正面から答えず、時節どおりに鳴けばよいと、とぼけてかわしている。次の一連でも、ほととぎすを詠む贈答が続く。
さみだれ:陰暦五月ごろに降る長雨
そらおぼる:知らないふりをする
とがむ:非難する、不審に思う
- 作者
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馬内侍
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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ほととぎすいつかと待ちしあやめ草 今日はいかなるねにか鳴くべき
- 次の歌
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ほととぎす声を聞けど花の枝に まだふみなれぬ物をこそ思へ