ほととぎす声を聞けど花の枝に
まだふみなれぬ物をこそ思へ
- 歌の意味
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ほととぎすの声は聞いているけれど、ほととぎすが花の枝にまだ止まり慣れていないように、私もまだあなたと文を交わし慣れていないので、もの思いをしていることだ。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 1045
詞書「兵衛佐に侍りける時五月ばかりによそながら物申しそめてつかはしける」
五月の景物に寄せる恋を詠む一連の四首目である。ほととぎすの声は聞いても花の枝をまだ踏み慣れないように、まだ文を交わし慣れていないのでもの思いをすると詠む。詞書によれば、兵衛佐であったころ、五月ごろに、よそながら言い寄りはじめて贈った歌である。
作者の「法成寺入道前摂政太政大臣」は藤原道長である。関白藤原兼家の子で、摂政太政大臣に至り、娘たちを后として権勢をきわめた。法成寺を建立し、出家後は入道と呼ばれた。
兵衛佐は、宮中の警護にあたる兵衛府の次官である。
次歌は、この歌に対する馬内侍の返しである。
なお本文の二句は「声をきけと」とあり、読み仮名の行の「こゑをはきけと」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
初句「ほととぎす」は、前歌に続いて五月の鳥を詠む。
二句「声を聞けど」は、よそながら声は聞いているけれど、の意で、評判を聞くばかりであることを示す。本文に従えば六音の字足らずとなる。
三句「花の枝に」は、花の咲く枝に、の意で、相手のもとをたとえる。
四句「まだふみなれぬ」の「ふみ」は、ほととぎすが枝を「踏み」の意と、手紙の「文」を掛ける。枝に止まり慣れないように、まだ文を交わし慣れていない、の意である。
結句「物をこそ思へ」の「こそ」は強意の係助詞で、「思へ」で結ぶ。前歌まで公任と馬内侍のほととぎすをめぐる贈答が続き、この歌も同じほととぎすを詠んで、次歌の馬内侍の返しと贈答をなす。
ひやうゑのすけ:宮中の警護にあたる兵衛府の次官
ふむ:枝を踏む意と、手紙の意の「文」を掛ける
- 作者
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藤原道長
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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五月雨はそらおぼれするほととぎす 時に鳴く音は人もとがめず
- 次の歌
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ほととぎす忍ぶるものを柏木の もりても声の聞こえけるかな