心のみ空になりつつほととぎす
人頼めなるねこそ泣かるれ
- 歌の意味
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心ばかりがうわの空になりながらほととぎすを待っていたが、期待させるばかりで当てにならないその声に、私のほうこそ声を上げて泣いてしまう。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 1047
詞書「ほととぎすの鳴きつるは聞きつやと申しける人に」
五月の景物に寄せる恋を詠む一連の六首目である。心ばかりがうわの空になってほととぎすを待ったが、期待させるばかりの声に自分のほうが泣いてしまうと詠む。詞書によれば、ほととぎすが鳴いたのを聞いたかと尋ねてきた人に答えた歌である。
作者の「馬内侍」は前歌から続く表記で、平安時代中期の女房歌人である。中古三十六歌仙の一人である。
初句「心のみ」は、心ばかりが、の意である。
二句「空になりつつ」は、うわの空になりながら、の意で、ほととぎすの鳴く空が響く。本巻の第千十首の惟成歌の「心の空に」と通う表現である。
三句「ほととぎす」は、尋ねてきた人の問いのほととぎすを受け、呼びかけるように置かれる。
四句「人頼めなる」の「人頼め」は、人に期待を持たせるだけで当てにならないことである。
結句「ねこそ泣かるれ」の「こそ」は強意の係助詞で、自発の助動詞「る」の已然形「るれ」で結ぶ。声を上げて泣いてしまう、の意である。ほととぎすの声を待ちわびたのに当てにならず、自分のほうが声を上げて泣いてしまうと応じ、問うた人の「聞きつや」をかわしている。本巻の第千四十三首から続いた、馬内侍を相手とするほととぎすの歌の終わりに置かれている。
ひとだのめ:人に期待を持たせるだけで当てにならないこと
ね:声、泣き声
- 作者
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馬内侍
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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ほととぎす忍ぶるものを柏木の もりても声の聞こえけるかな
- 次の歌
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み熊野の浦よりをちに漕ぐ舟の 我をばよそに隔てつるかな