難波潟短き葦の節の間も
逢はでこのよを過ぐしてよとや
- 歌の意味
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難波潟に生える短い葦の節と節の間ほどのわずかな間も、逢わないでこの世を過ごせと言うのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 1049
詞書は前の歌に続き「題しらず」
逢えない恋を地名や景物に寄せて詠む一連の二首目である。難波潟の葦の節の間ほどのわずかな間も、逢わずにこの世を過ごせと言うのかと、相手のつれなさを恨む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「伊勢」は前歌から続く表記で、藤原継蔭の娘である。父が伊勢守であったことから伊勢と呼ばれた。宇多天皇の中宮温子に仕え、宇多天皇の寵を受けて皇子を生んだ。三十六歌仙の一人である。
この歌は藤原定家の『小倉百人一首』に採られている。
初句「難波潟」は摂津国の難波の干潟で、今の大阪湾の入り江にあたり、葦の生い茂る地として詠まれた歌枕である。
二句「短き葦の」は、短い葦の、の意である。
三句「節の間も」は、葦の節と節の間のように短い時間も、の意で、初句からここまでが、わずかな時間をいうための序詞となる。
四句「逢はでこのよを」の「よ」は、この世の「世」と、葦の節と節の間を指す「節」を掛け、葦の縁語となる。
結句「過ぐしてよとや」の「てよ」は完了の助動詞「つ」の命令形で、「とや」は、〜と言うのか、の意である。前歌が相手に隔てられた嘆きであったのに対し、逢わずに過ごせと言うのかと問いつめる形で恨みを強めている。
なにはがた:摂津国の難波の干潟
よ:この世の「世」と、葦の節と節の間の「節」を掛ける
- 作者
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伊勢
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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み熊野の浦よりをちに漕ぐ舟の 我をばよそに隔てつるかな
- 次の歌
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み狩する狩場の小野の楢柴の なれはまさらで恋ぞまされる