東路の道の果てなる常陸帯の
かごとばかりも逢はんとぞ思ふ
- 歌の意味
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東国への道の果てにある常陸の帯の留め金具ではないが、ほんの申しわけほどでも、逢いたいと思う。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 1052
詞書は前の歌に続き「題しらず」
逢えない恋を地名や景物に寄せて詠む一連の五首目である。東路の果ての常陸帯の留め金具に掛けて、ほんの申しわけほどでも逢いたいと願う。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者の「読人しらず」は前歌から続く表記で、作者名の伝わらない歌であることを示す。
初句「東路の」は、都から東国へ向かう道の、の意である。
二句「道の果てなる」は、道の果てにある、の意で、常陸国は東路の果てにある国とされた。
三句「常陸帯の」の常陸帯は、常陸国の鹿島神宮の祭礼で行われた帯占に用いる帯である。女が思う男の名を帯に書いて神前に供え、神主がそれを結び合わせて縁を占ったと伝える。初句からここまでが「かごと」を導く序詞となる。
四句「かごとばかりも」の「かごと」は、帯の留め金具の「鉸具」と、ほんの口実、申しわけの意の「託言」を掛ける。
結句「逢はんとぞ思ふ」の「ぞ」は強意の係助詞で、「思ふ」で結ぶ。せめてほんの少しでも逢いたいと思う、の意である。前歌の「逢ひ見てしがな」に続き、わずかでも逢いたいと願う歌が置かれている。
あづまぢ:都から東国へ向かう道
ひたちおび:鹿島神宮の帯占に用いた帯
かごと:帯の留め金具の「鉸具」と、口実の意の「託言」を掛ける
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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うとはまのうとくのみやは世をば経ん 波のよるよる逢ひ見てしがな
- 次の歌
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濁り江のすまんことこそかたからめ いかでほのかに影を見せまし