誰ぞこの三輪の檜原も知らなくに
心のすきの我を尋ぬる
- 歌の意味
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いったい誰なのか。三輪の檜原のありかも知らないというのに、三輪の杉ならぬ心の好き心で私を尋ねてくるのは。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 1062
詞書「女の杉の実を包みておこせて侍りければ」
実方歌二首の二首目である。三輪の檜原も知らないのに、杉ならぬ好き心で私を尋ねてくるのは誰かと、女から贈られた杉の実に寄せて軽く応じる。詞書によれば、女が杉の実を包んで贈ってきたので詠んだ歌である。
作者の「実方朝臣」は前歌から続く表記で、藤原実方である。侍従藤原定時の子で、左大臣藤原師尹の孫にあたる。左近衛中将に至ったが、陸奥守として下向し、その任地で没した。
初句「誰ぞこの」は、誰なのか、この、の意で、「ぞ」は係助詞で結句の「ぬる」で結ぶ。
二句「三輪の檜原も」の三輪は大和国の三輪山で、檜原は三輪山のふもとの檜の林である。
三句「知らなくに」は、知らないのに、の意である。
四句「心のすきの」の「すき」は、贈られた「杉」と、好き心の「好き」を掛ける。三輪の杉は、『古今和歌集』の「わが庵は三輪の山もと恋しくはとぶらひ来ませ杉立てる門」以来、恋しい人を訪ねる目印として詠まれた。
結句「我を尋ぬる」は、私を尋ねてくるのか、の意である。前歌で架け渡せぬ恋を嘆いたのに対し、ここでは女のほうから杉の実を贈ってきたことを、好き心で尋ねてくると軽妙に応じている。
ひばら:檜の生い茂る林
すき:杉の意と、好き心の意を掛ける
- 作者
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藤原実方
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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いかにせん久米路の橋の中空に 渡しも果てぬ身とやなりなん
- 次の歌
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我が恋は言はぬばかりぞ難波なる 葦のしの屋のしたにこそ焚け