古典和歌stream

須磨の浦に海人のこり積む藻塩木の
からくもしたに燃えわたるかな

歌の意味
須磨の浦で海人が伐って積む藻塩木が下で燃え続けるように、私もつらく、心の内で燃え続けていることだ。
鑑賞
巻第十一 恋歌一 1065

詞書「人につかはしける」
 水辺や海辺の景に寄せて絶えない思いを詠む一連の三首目である。須磨の海人が藻塩を焼く薪のように、つらく心の内で燃え続けると詠む。詞書によれば人に贈った歌である。
 作者の「藤原清正」は中納言藤原兼輔の子である。三十六歌仙の一人で、紀伊守などを務めた。

 初句「須磨の浦に」の須磨は、藻塩を焼く海人の住む地として詠まれた摂津国の歌枕である。六音の字余りとなっている。
 二句「海人のこり積む」の「こる」は木を伐る意で、海人が伐り集めて積む、の意である。
 三句「藻塩木の」の藻塩木は、藻塩を焼くための薪である。初句からここまでが序詞となる。
 四句「からくもしたに」の「からく」は、藻塩の塩辛い意と、つらい意の「辛く」を掛け、「した」は、薪の下の意と、心の内の意を掛ける。
 結句「燃えわたるかな」は、燃え続けることだ、の意で、詠嘆の「かな」で結ぶ。本巻の第千四十一首の道信歌も須磨の海人を詠んでいた。前歌の荒磯の波から、須磨の浦の藻塩の火へと移り、前々歌の小弁歌の「したにこそ焚け」と同じく、心の下に燃える恋を詠む。

こる:木を伐る
もしほぎ:藻塩を焼くための薪
からし:塩辛い意と、つらい意を掛ける
した:薪の下の意と、心の内の意を掛ける
作者
藤原清正
出典
新古今和歌集
前の歌
我が恋は荒磯の海の風をいたみ しきりに寄する波の間もなし
次の歌
あるかひもなぎさに寄する白波の 間なく物思ふ我が身なりけり